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湿気の多い雨上がりの夜、悪い事とは知りながら
閉ざされた門を登り越えて逢いに来た。


道中はそっと、吐息も足音も殺して忍び歩く。
目指す場所まであと少し。





闇夜に慣れた視界の先に立ち並ぶ墓石の数々。
其々に家名が刻まれたうちの、質素な一つの前に立つ。
先日の風雨で飛んでしまったのだろう
湯呑みは無くなり、水鉢に一昨日に飾った花も、片付けられてしまっていた。


「手ぶらでごめんなさい」


小さい子供の悪戯に困るような柔らかい表情で謝罪を述べる。
妹達が喧嘩をして散らかしたようで、何だか少し可笑しく感じた。

鞄から大事に取り出した、丸いルチルクォーツを両手で握り、目を閉じれば……

……ほら、お母さんは呆れて溜息、お父さんは、またかって笑ってる。

  おねーちゃん!ひよが!

  ぼくじゃないもん!!

「(……もぅ。賑やかだなぁ……)」


聞こえた声に、楽しげに微笑んだ。
それは、記憶に残る家族の姿から作り出したただの幻想。
その場に誰か居たならば、その場にしゃがみ、黙って両手の石へ俯く少女しか存在しない。

けれど、少女が閉じた視界の中では、妹と弟がまだ言い合いをして。
毎日見ている新聞を、相変わらず片手に持つ父と、優しく微笑む母が確かにいた。


「あのね、今日ね……」


転校して間もない学校と、ダークネスと呼ばれる眷属との戦争があった事を淡々と伝える。
そのうちに、言葉が詰まって眉を寄せた。


「私ね、とっても悲しかったよ……」


「皆みたいな人、いっぱいいたの……」


少女の視界から、家族の姿が掻き消える。
暗闇だけの世界から零れた涙が、掌の石へと落ちた。


旅行先で事故に遭った妹と、ダークネスに憑かれた弟。
眷属として浸食された父と母。
戦った彼等も、聞かされた話が本当であるなら、家族のように、普通に生きていた人だろう。
それを想い、遂には漏れた嗚咽を、息を殺して嚥下する。
救いたくても救えない、あの日と同じ痛みで軋む身体が、とても重い。
それは救えるのか、まだ知識の無い自分では解りかねるけれど、
先輩が、伝えたい事があると言っていた人だけでもせめて、何とかしたかった。


それすら、叶わなかった。

亡くなった方もいた。




もう何も言葉にならなくて、震えながら、堪えきれない涙を流す。
今では、笑えと暗示をかけなくても自然と表情は笑顔を作る。
泣きながら、くしゃりと歪んだ笑顔。
喜ぶべき勝利を素直に噛み締められない事が憎く、それすら笑顔で塗り潰す。


  私は幸せです。


  誰よりも、誰よりも。
  昔も今も、愛されて。生きていて。
  家族皆が、いつも見守ってくれているから。

  嘘偽りでも、誤魔化しでもなく、幸せです。


やっと受け入れた現実と、前を向こうと育てた想いを、少女は心に繰り返す。

浮かぶ、嫌な感情を流してしまいたくて。
まるで逆流するように想起する別れへ、掠れた悲鳴をあげた頃。
湿った空気に小雨が混じり、やがて雨へと変わっていった。
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